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- 対談:『臨済宗大本山 妙心寺 退蔵院 副住職 松山大耕 X 村山祥栄』
- 村山祥栄
- 本日は今、最も注目されている若手の宗教家 松山大耕さんにお越し頂きました。日本政府ではビジットジャパン大使、京都市では観光おもてなし大使など、多くの公職をお引受けになり、大変ご活躍でお忙しいのに申し訳ございません。
- 松山大耕
- 村山さんとは以前、退蔵院で法話をお聞き頂いて以来でしょうか。今日はお招き頂きありがとうございます。
- 村山祥栄
- そうですね。あれ以来、日本を代表して前ローマ法王に接見されたり、世界のリーダーが集まるダボス会議にご出席されたりと、さらに活躍の場が広がっていらっしゃいますね。毎日どんな生活をなさっているのでしょうか。
- 松山大耕
- 朝起きて毎日二時間から三時間かけてお寺の掃除をします。退蔵院は広大な敷地を有しておりまして、掃除が大変なのです。掃除をして、朝のお勤めをして、朝食を食べてという生活を10年前に副住職になって以来、変わらず行っております。
- 村山祥栄
- 多忙を極めても変わらず掃除2時間というところが既に普通ではない気が。やはり俗人とは違うのですね(笑)
- 松山大耕
- 普通です。
- 村山祥栄
- そこ、掘り下げたい気もしますが、時間が限られておりますので、そこは今度御法話で聞かせて頂くとして、今日は宗教界のニューリーダーとしての取り組みについてお伺いします。先日も宗教家としてイスラエルに行っておられましたよね?
- 松山大耕
- 行っていました。イスラエルというのは宗教家の憧れなのです。
- 村山祥栄
- キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の聖地ですものね。
- 松山大耕
- その通りです。しかし、あの国は世界中敵だらけで、味方はアメリカだけ、最近は欧州からも敵視されています。そこでアジアのニューリーダーたちにイスラエルの理解者を増やそうということで、日本・中国・インドの40歳以下の若手リーダーが招聘されたのです。
- 村山祥栄
- なるほど。イスラエルはどうでしたか?
- 松山大耕
- 色々な学びがありましたが、まず国としての方向性が明確です。敵だらけ、人口も国土も決して大きくない。だからこそ生き残るために戦略が明確です。イスラエルは合計特殊出生率3.5 、しかも食物自給率90%を誇るすごい国なのです。
- 村山祥栄
- 年中交戦状態ですからね。空爆で死者は出るし、輸入もままならないから、そうしないと生き残れない。
- 松山大耕
- その通りです。私が滞在した時も空爆が酷くて。イスラエルはベンチャーの数が多くて、アメリカ、中国に次いで世界第3位。たった800万人しかいない国なのにもかかわらずです。人口比で言ったら突出して世界一のスタートアップ大国なのです。ウォータージェンという会社がありますが、ここはカラカラの砂漠の中で、空気中の10%ぐらいしかない水分を水に変えるというとんでもない製品を作っています。砂漠に機械一つで一日500リットルの水を作るのです。こんな企業がゴロゴロある。国を挙げた生き残り戦略です。日本と逆で彼らは0から1を生み出すのが得意で、それをフルに活用しています。
- 村山祥栄
- 逆に日本は1から1000を生み出すのは得意ですね。
- 松山大耕
- その通りです。もっとそのあたりを戦略的にやればいいと思うのですが。
- 村山祥栄
- 仰る通りですね。日本は人口当たりのベンチャー数もノーベル賞受賞者数も決して多くなく、先進国の中で後れを取っているのが実情です。確かにもっと戦略的にやるべきですね。
さて、せっかくなので宗教者としてお感じになったこともお伺いできればと思いますが。
- 松山大耕
- そうですね。ひとつは観光のあり方を再認識しました。京都は夜の観光が弱いとよく言われますが、むしろそれでいいと思いました。
- 村山祥栄
- 今、花灯籠をやったり京の七夕をやったり、夜観光を京都市は熱心にやっていますが。
- 松山大耕
- そうなのですが、朝起きてエルサレムの旧市街地に行きました。空気がピーンと張りつめて、ぞくぞくするほど神聖な雰囲気が漂っています。実に素晴らしかった。宗教都市ならではの観光はこれだと思いました。観光というのはそもそも聖地巡礼がはじまりなんです。日本でいえばお伊勢参りです。京都は世界に誇る宗教都市で、たとえば、宗教記者クラブがあるのは世界でバチカンと京都の二か所しかありません。やっぱり京都は宗教都市で、基本は宗教観光なのです。宗教観光の良さは朝にあるのです。あの何とも言えない朝独特の雰囲気の中で味わっていただくのが一番だと思いました。
- 村山祥栄
- 京都は夜観光が弱いので、観光客が退屈すると言われていますが。
- 松山大耕
- むしろ、その何が悪いのだと思います(笑)。夜騒ぎたいなら、上海、ニューヨークへ行けばいいのです。宗教都市では、早起きして朝観光に来て頂くのが一番いい。朝法要を聞きに来る。心が研ぎ澄まされる。これが実はよそにはできない京都の強みだと思います。最近、親子座禅体験&掃除というイベントをしましたが、あっという間に満席になりました。昔は体を使って働いてお金を稼いでいましたが、お金を払って体を動かせていただく時代になりました。掃除をするのにお金を払ってでも来たいという方がいる。これが、京都独自の体験型観光になりうるのではないでしょうか。
- 村山祥栄
- なるほど。無いものを無理に作ろうとするのではなく、本来の強みを生かして勝負すべきだということですね。京都は色々あるのですからね。ただ、それに我々が気づいていない。言われてはっとします。
- 松山大耕
- ちなみにこの春~夏にかけて修学旅行生が坐禅体験に2万人も来られました。
- 村山祥栄
- 100万人そこそこしかいない子供のうち2万人ですものね。それはすごいですね。
- 松山大耕
- それだけでなく、今、お寺の企業研修が大変盛んです。トヨタ、パナソニック、日本郵政、日本電産などグローバル企業が沢山お越しになります。内容は掃除して坐禅してという修行体験をしていかれます。研修のあと、企業の立派な重役さんが仰います。「ご飯がこんなにもうまいのかと思った」と。ご飯は集中して食べればとても美味しいのです。なんでも集中してやること。それにお気づきになって帰られます。
- 村山祥栄
- 当たり前のようで気づかないことかもしれませんね。
- 松山大耕
- 今の世の中、何もかもが中途半端だからですかね。今のビジネスはマーケティングから入りますよね。何が売れる、何が受けるかの分析するところから入る。そうすると、無難なものができる。そうすると悪くないけど何か欠けているわけです。良いか悪いかという価値判断を既にアウトソーシングしています。熱い、冷たい、旨い、まずい、これ全部感覚、センスなのです。しかし、感覚こそ自らが集中しないと使いものにならないわけです。本当の満足感とは何かということです。経済至上の現代では、目標達成、数字を挙げるという作業はある種、エキサイティングです。しかし、エキサイティングの裏返しには不安がある。
- 村山祥栄
- 数字に追われる裏返しは不安ですか。その通りかもしれませんね。まさに表裏一体ということでしょうか。お説法らしくなってきましたが、もう少し「宗教家 松山大耕」に触れてみたいと思いますが、宗教家としての今の課題は何でしょうか。
- 松山大耕
- 今、宗教界に求められていることは死生観の提案ではないでしょうか。昨年、ブータンに初めて参りました。行ってみて感じたことは、ブータンは世界一幸せなのではなく、世界一不安のない国だと思いました。
- 村山祥栄
- どういうことでしょう。
- 松山大耕
- たとえば、崖の中腹に有名なお寺があります。断崖絶壁に建っているのですが、「この前タイの僧が自撮りしていて落ちて死んだ。」とガイドが言うのです。そして続けざまに「落ちても、滝の下の魚が食べてくれるから大丈夫。そうしてブータンでしっかり輪廻転生できる。」と本気で言うわけです。そう信じているのです。死に対する恐怖感が圧倒的に少ない国なのだと思いました。
- 村山祥栄
- 死ぬことは恐怖でしかありませんが。
- 松山大耕
- もちろん、死ぬことは怖いですが、現代の日本を見てみるとそうとも言い切れない。今の日本人は、死ぬことより老いが怖いと思う人が増えていると思います。先日、ある医者と話しておりましたら、患者に「この薬を飲まないと死ぬよ」といっても飲まないに、「この薬を飲まないとボケるよ。」というとみんな飲むそうです。要は死ぬことよりも老いることを恐れているのです。
- 村山祥栄
- それは少しわかる気がします。
- 松山大耕
- 昔の僧は、晩年、寿命が近づき何も食べたくなくなると食べず、飲みたくなくなると飲まず、最後は遺言ならぬ遺詩(ゆいげ)という詩を書いて死んでいきました。人間にとって一番自然な亡くなり方は餓死なのです。なのに、この国は終末期医療に3兆円も使っています。この矛盾を正していけるのは宗教界なのだと思います。愛媛県松山市に訪問医療のたんぽぽクリニックというのがあります。以前お願いして訪問医療の現場を一緒に回りました。訪れた先は老々介護をされていたご家庭。お婆さんが介護に疲れ、お爺さんは末期のガンでした。診療の際、先生はおっしゃいました。「もう点滴やめましょうか。腹水は全部点滴の栄養で、圧迫してとても苦しいと思います。点滴をやめると4,5日で腹水がなくなり、一度か二度好きなものをおいしく食べられる。その後、だんだん弱って数日で息を引き取られると思います。今のままではおばあさんも倒れてしまうし、おじいさんも苦しいままになります。」おじいさんとおばあさんは先生のおっしゃるように点滴をやめ、ほぼ先生のおっしゃるように経過をたどって、亡くなられたということです。
- 村山祥栄
- 治すことが前提の医療から見守る医療へということでしょうか。
- 松山大耕
- 実は、今、このような人生の閉じ方を選択されている方の最期をカメラマンに撮ってもらっています。そして、いずれ寺で展覧会をしてご供養しながら、生きるとは何か、死ぬとは何か、ということをみんなで考える機会を提供したいと思っています。
- 村山祥栄
- 確かにこれは宗教界でなければ言えないことかもしれません。実に考えさせられる問題提起です。
さて、最後になりますが、30代のニューリーダーだからこそお尋ねしたいことがあります。今、政治の世界は世代間格差が拡大していることと世代間のギャップが大きくなっているなと強く感じていますが、宗教界にはそういったものはないのでしょうか。
- 松山大耕
- それはやはりあります。我々の世界には、50歳くらいに大きな壁があると感じています。年々檀家も減る、葬式も簡素化していく、我々を取り巻く環境もみなさんと同じく目まぐるしく変化しています。
- 村山祥栄
- そうそう、アマゾンでお坊さんの宅配をやる時代ですもんね(笑)
- 松山大耕
- そういった中で、葬式仏教で自分たちが生きていけるうちは何とか逃げ切れると思っている世代が50歳以上だと思います。事実、多分彼らは生き残れるのですが、その世代と変わらなければ生き残れないと感じている私たち世代とのギャップです。そんな我々世代は、この現状のままでいいとは全く思っていないわけです。
- 村山祥栄
- 例えばどんなところでしょう?
- 松山大耕
- 例えば、京都の観光でいえば、間違いなく観光客は増えて市民の皆さんにご迷惑をお掛けしている。不便をお掛けしている。はっきり言って観光公害です。いろいろなデータを見ても、京都市民の京都市民であることに対する喜び、誇りが年々低下しています。それに対しても、我々は大変心を痛めておりますし、このままでいいとは思っていません。
- 村山祥栄
- それは大変重要な視点です。市民の不満は溜まる一方です。だから、観光客の方にも観光インフラに掛かる費用を一定ご負担頂こうと昨年、我々が提唱して宿泊税を作りました。でも、市民の怒りは決して収まっていません。
- 松山大耕
- そりゃそうです。観光客が来て一番潤っているのは寺じゃないかと仰います。実態はそうではなく、超有名観光寺院に集中していて、むしろ周辺寺院の拝観者は減っている。しかし、そうも言っていられない空気を肌で感じています。だから何か手を打たねばならない。確かに寺社仏閣を維持するには大変なコストが掛かります。例えば、退蔵院の杮葺きの屋根の葺き替えもチタンにすればコストは半分になって耐久性は大幅に上がりますが、やっぱり伝統を守るために杮で葺いています。これはれっきとした事実ですが、一方で、市民の皆様にご迷惑をお掛けしているのも事実なのです。
- 村山祥栄
- そういうご発言が飛び出すこと自体、これまでの仏教界の説明とは少しニュアンスが違いますね。これまでは、寺の維持にはコストがかかるのだと、仕方ないじゃないかという声が圧倒的だった気がします。
- 松山大耕
- もっといろいろな形で市民社会に協力、還元すべきだと考えています。
- 村山祥栄
- かつて行政がそれを押し付けて古都税論争を呼びました。その時以来、この手の発言は極力避けようという風潮がありました。そういう意味で革新的です。
- 松山大耕
- 私たち世代の若手僧侶は市や行政に協力しないといけないと思っている人が多いですよ。古都税が良いか悪いかは置いておいてですよ、京都市民があまねく利益を享受できて、ゆくゆくは寺社仏閣に巡回してくるなら、寺もお金を出すべきだと思いますし、そう思っている若手は少なくないと思います。
そうすれば、すべての人が利益を享受できるのですから。そもそも、昔から京都では寺社が自ら自治体にお金を出す風習がありました。協力金という形で還元してきました。
- 村山祥栄
- その通りですね。古都税は税金でやったから失敗したんでしょうね。だから、寺社仏閣が一円も出したくないというわけではない。ただ、協力金は古都税以降、行政との関係が悪化して、制度が事実上無くなってしまった。やはり、いくら払え!というのはみなさんには馴染まないのでしょうか。お賽銭にしてもお布施にしても金額って当人の気持ちですからね。
- 松山大耕
- そういう側面もあると思います。事実、協力したいと思っている寺院があるわけですから、そういう市民に還元できるものがあってもいいと思います。財団か基金を作って、出したい人が出せばいいのです。出したくないという方はそれでもいい。
- 村山祥栄
- 基金はいいですね。使い道を明確にして、ちゃんと寺社仏閣も頑張っていますとPRする。そうしないと、いよいよ観光客は迷惑だと不満が噴出しかねない危険性をはらんでいます。
- 松山大耕
- その時にお願いしたいのは、ちゃんと広報してほしいわけです。市民が喜ぶことに使って頂き、分かるように可視化してもらいたいです。また、どこが協力した寺院か、はっきり分かるようにして頂きたい。そうすれば協力する寺院も増えます。
- 村山祥栄
- 京都のために協力的な寺社仏閣もちゃんとあるよと(笑)。
- 松山大耕
- いや、笑い事ではありません。そうして地域と共存していくことがこれからはより一層大切なのです。
- 村山祥栄
- 少し踏み込んでお話しいただきましたが、私は古都税の問題はどこかできっちり整理をしなきゃいけないと思っています。ただ過去の不幸な歴史がある。その教訓の下にしっかり考えていかねばならない。今日お話をお聞きして改めて、これも含めて、我々の世代に課せられた課題なのだと確信を致しました。
- 松山大耕
- そうですね。お互い同世代の人間として、村山さんにもしっかり市政の方で頑張って頂いて、私は私で精進していきたいと思います。
- 村山祥栄
- お互い頑張りましょう。本日は誠にありがとうございました。
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