条例によって京町家は守れるのか?
京都市は平成29年11月に「京町家等保全に関する条例」を制定した。
その趣旨は下記の通りである。
「この貴重な財産を保全し、将来の世代に受け継いでいくため、様々な方々との協働の下に、京町家の保全及び継承を推進することを目指し、平成29年11月に「京都市京町家の保全及び継承に関する条例」を制定しました。本条例においては、趣のある町並み又は個性豊かで洗練された生活文化の保全及び継承を効果的に進めるため、個別の建物や区域を京都市が指定することとしております。指定されると、解体に着手する1年前までの届出が義務付けられるとともに、支援の充実が図られます。」
一見、京都市の町並み保全と都市格を高めるための素晴らしい条例というように見えるが、京都党はこの条例に対し京都市会で唯一反対をしたのである。
理由はこの条例が住民に対して過度な規制につながるからだ。財産を含めた市民の自由について規制をかけることについては可能な限り最小限にとどめるべきであり、規制の枠が広がるということは京町家を管理する住民にとっても、行政にとっても好ましいことではない。
観光で来る人達にとっては「京都らしい町並みはフィレンツェなどのように何が何でも守るべきだ」と思うかもしれないが、たとえ洛中にある京町家であったとしても周りはビルやハウスメーカーが建築した普通の建売物件ばかりの住宅街にぽつんと京町家が残っているという状態であることも多い。「京町家を全部守ったら町並みも保全される」という理想とは若干離れている。
これが50年、100年前に条例を制定したのならともかく、いくら価値があるからといって一般の住宅に比べ維持にもお金がかかる京町家に「住め、残せ」というからには行政としてそれなりの補助を打たなければ納得は得られない。もちろん、4万軒全てに対して補助金をだせるほど財政は豊かではない。
京都に住んでいて、自分の家が「京町家である」という認識をしている人がどれほどいるのかも甚だ疑問である上、行政の周知方法についても問題を感じざるを得ない。
当局はこの指摘に対して、「対象となる京町家の管理者および所有者に対して、そのことを知らせるチラシをポスティングしている」と答えているのだ。チラシを郵便受けに入れただけで4万軒すべての持ち主に対して「自分の家は京町家である」という認識ができるのであれば、こんな楽なことはない。なぜなら、私は上京区内4万軒の住民に年2回以上市政報告チラシを全戸配布しているが、それだけでその4万軒の人たちに「私の顔と名前を知っている」ということにはなっていないということをよく知っているからである。
こんな状態で「あなたの家は京町家です。条例によって取り壊す前には任意ではありますが届け出を出すことになりましたので、極力取り壊さないでください」と言っているのだ。住民にとっては理不尽極まりない。
条例の規制対象になっているのは4万軒。
そのうち、上京区の8521軒、中京区の8027軒である。
平成27年度住居実態のある一戸建ておよび長屋建ての軒数は
上京区1万7380軒
中京区では2万890軒
言い換えれば、
上京区にある戸建ての2軒に1軒
中京区の3軒に1軒 が規制対象の京町家であるということだ。
さらに、昭和35年以前に建てられた家屋と建築年数不明の家屋は市内に約10万軒あるが、今回の対象の家屋は昭和25年が基準になっているため、約2軒に1軒が該当することになる。
また、私たちが見る限りでは、「残すにふさわしい京町家」というべきものから京町家として残すのに疑問視せざるを得ないものまでもが規制の対象とされている。その当時お金をかけて建てられたものは、確かな価値がそこにはあるが、安普請で建てられたであろうものまで「京町家」という名で残すのはいかがなものか?ということである。言うならば、市役所本庁舎は当時予算をかけて建設されているため、残すべき意匠や価値がありますが、建物不足によって急ピッチで建てられた北庁舎についても「古いから残すべき」と言っているに等しいと感じる。
私たちは決して、京町家の保全はお金がかかるから全面的にやめたほうが良い、と言っているのではない。京都にはまだまだ守られるべき京町家があるのもよく知っている。重要文化財並みに素晴らしい京町家や、京町家が集積されている地区もないわけではないのだ。
京町家の保全については、あれもこれもと手を広げずに本当に守るべき京町家を限定し、市として重点的に保全すべきである。
これが、京都党の京町家保全に対する考え方である。
条例制定から3年、京町家を取り巻く環境はいかに?
私たちが京町家の保全に対して論陣を張った平成29年11月議会での反対討論の後も、引き続き委員会等で指摘や提案を繰り返してきた。
「4万軒全てを保全するのではなく選択と集中で保全すべき」
ということに対しては、条例でも定められている「京町家(普通の古民家みたいなものも含む)」と「重要京町家(重要文化財級の京町家や地区で指定を受けているもの、解体1年前に届け出を出すのが義務付けられている)」という位置づけの中で、行政としては重要京町家を優先的に補助・保全する方向で進んでいる。個別指定の京町家は850軒、地区指定は10地区であり、おおよそ2000軒がその対象であり、当初に比べるとかなり重点的に保全している。
現在、条例によって定められている「指定を受けた京町家については解体1年前の届け出を出すこと」として、局に提出されている案件は8軒とのことである。局と持ち主とで交渉中のものも多いので詳細はお伝え出来ないが、交渉の中で「京町家として保全しよう」と考え直してくださった方もおられるようであり、この条例は少なからず京町家の保全に貢献していると言える。
また条例制定前後から絶好調だった京都市内の外国人観光客数の伸びによって、京町家を改装したお店や宿泊施設が増えたのも保全に一役買っている。民泊条例で京町家を活用した施設には特例を出したこともあるが、京町家を単に住居用としてだけでなく、事業用にする政策が功を奏しいわゆる「京都らしい体験」ができる施設はたくさんできた。
しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大によって、事態は一変している。
理由はご存知の通り、外国人観光客が激減し、京都観光そのものが大ダメージを受けているためだ。ゲストハウスには予約が入らなくなり、経営破綻になったところは少なくない。ではそのゲストハウスはそのまま解体されたのか、と言われると実はそうではない。
それは賃貸物件のサイトを見れば一目瞭然だ。
早々に営業をやめたゲストハウスたちが賃貸物件となってたくさん並んでいる。
京町家の一棟貸で運営されていたであろうゲストハウスは
「4LDKで月15万円、きれいな庭付きです。」
マンションタイプのゲストハウスでは
「1Kで6万5000円、Wifi完備、家具家電付きなのですぐに新生活が始められます」
といった具合に紹介されている。もともと宿泊施設として建てられているので、せいぜい二人で住むのがやっとの広さの一軒家に対して洗面台がなぜか2つあったり、内装が日本人好みではない奇抜なものになっている物件もある。それでも、利益を少しでも出すために貸しているのである。
事業用から住宅用の転用については、わざわざ行政主導で行われたことではない。もちろん事業者にとっては減価償却も含め何とか生き延びないとならないので、ゲストハウスから賃貸にするということは経営者として当然の判断であろう。
しかし、京都市は市場の原理に任せとけばよいのものを国の「新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金」を活用し事業継続が困難な宿泊施設の住宅等への転用を支援する補助金を新設したのである。
もともと京町家だったものを改装して宿泊施設にしているものについては、住宅用(住宅兼事務所は可)への転用する最大100万円補助金が下りるのだ。
住宅用では保全が難しいから事業用への転用を進めていたはずなのに、それを再び戻すのは本来筋が通らない。それに、すでに経営に行き詰った事業者たちは補助を出さずとも住宅転用にしているのだ。そこにわざわざ血税を投入するということ自体理解に苦しむ。
今は、とにかく医療・介護施設への支援、京都市民の生活と地域経済の下支えが最優先である。
ただ、住宅として京町家に住んでおられる人が引き続き安心して生活できる。
この前提にたった住宅支援が今後は必要である。