対談:『新しい都市の形 観光都市鎌倉、鎌倉市長松尾崇×村山祥栄』
対談:『新しい都市の形 観光都市鎌倉、鎌倉市長松尾崇×村山祥栄』
- 村山祥栄
- ご無沙汰しています。今日は京都に先んじてオーバーツーリズム問題に直面している鎌倉市の改革派市長 松尾崇市長にお話を伺っていきたいと思います。若手市議から転身、36歳で市長に当選されて以来10年、次々と改革を手掛けてこられた松尾市長は我々にとってはひとつのモデルケースとして大変興味深く注目をしております。
- 松尾崇
- お久しぶりですね。そう言っていただくと恐縮ですが、なかなか大変ですよ。観光は京都には遠く及びません。京都市もオーバーツーリズムは大変のようですね。
- 村山祥栄
- そうなんです。でも、オーバーツーリズムは鎌倉市の方がかなり厳しいのではないですか?面積当たりの入込観光客数は箱根町(人口の1500倍の観光客)など小規模自治体を除けば、実質日本一なのではないでしょうか?
- 松尾崇
- そうですね。26年の年間観光客数2195万人で、鎌倉市の人口は17万人ですから、ざっと市民の127倍の観光客がおいでになっています。
- 村山祥栄
- 26年の京都市の観光客は5563万人に対して人口146万人ですから39倍です。しかも京都市は鎌倉市の20倍からの面積がありますから、局所的集中でいえば、京都市の比ではありません。
- 松尾崇
- 鎌倉市は旧市街地に集中する傾向があるので、交通混雑が一番の課題になっています。
ただ、平成25年から観光客は2000万人台をキープしてきましたが、2300万人をピークにピークアウトして、昨年は1900万人台へ減少しています。ただ、少し統計の取り方が変わったのでそれが減少につながっているのかもしれません。それ以上に最近は外国人旅行者が増えてきたという印象でしょうか。
- 村山祥栄
- 実は京都市も27年にピークを迎えて以来、減少しています。ちなみに京都市は観光客誘致を熱心にやってきましたが、5000万人を超えたあたりから量より質へ転換しています。鎌倉市は今も観光客誘致を進めておられますか。
- 松尾崇
- 私のスタンスは観光客誘致ではありません。前市長時代は誘致に熱心でしたが、私になって10年、現状維持、もっと言うと減らしたいというスタンスです。それ以上に住民の暮らしやすさに力点を置いて市政運営をしています。
- 村山祥栄
- 日本中の自治体が観光客誘致を進めている中、ブームに逆行して観光都市鎌倉は誘客をしていないと?
- 松尾崇
- そうですね。鎌倉にお越しになる観光客の観光消費額は6000~7000円です。しかもその大半はJR等に支払われる交通費と拝観料です。ほとんど地元への経済効果はなく、税収の寄与もありません。したがって、市民からすると迷惑感というか、負担感の方が大きいと感じています。
- 村山祥栄
- そんな発想なのですね。京都市も同様に地元経済への恩恵少なしということもあり、逆に観光消費額を高める方向へシフトしていきましたが、鎌倉は逆なのですね。それだけ観光公害が早く訪れていたということかもしれません。今となってはそれが功を奏しているのかもしれませんね。
- 松尾崇
- もちろん、観光消費額を高めるために、海辺でヨガをするイベントやお寺で朝食を食べるイベントなど朝観光や夜観光もやりました。しかし、根本的に観光客を増やすホテル誘致などはやっていません。むしろ交通渋滞激しく、消防の到着時刻にまで影響が出ています。ETC ,AIカメラで渋滞実態調査を続け、混在緩和に力を入れてきました。
- 村山祥栄
- 確かに20の交通政策を掲げて熱心に取り組んでおられますね。特に全国的注目なのが、日本初ロードプライシング(流入車両への課金)の社会実験です。改めて、ロードプライシングについて教えてください。
- 松尾崇
- 鎌倉市は昭和48年から正月には旧市街地に市外の車両を入れないという取り組みをしています。正月の三が日は初詣に大量のお客様がお越しになり、交通が麻痺することから、地元住民には事前に通行証を発行し、通行証がない車両の流入を禁止しています。ロードプライシングはそうした中で検討されています。
- 村山祥栄
- 元々そういう素地があったのですね。問題はチェックポイント、つまり課金個所だと思いますが、何か所ぐらいあるのですか?
- 松尾崇
- 12か所です。
- 村山祥栄
- 旧市街地に入れる道は12か所しかないのですか?
- 松尾崇
- そうですね。鎌倉はかつて幕府があったぐらい、流入できる街道が少なく「攻めづらく守りやすい天然の要塞」と言われた土地です。だから今でも少ないのです。
- 村山祥栄
- だから、可能なんでしょうか。京都市も一時期検討しましたが、街中に入れる道が多すぎて課金個所が多くなりすぎで無理だということですぐに諦めました。
- 松尾崇
- ロンドンやシンガポールでもしていますから、決して無理だとは思いませんが。
- 村山祥栄
- 具体的にはどういう仕組みで考えられているのですか。
- 松尾崇
- 基本的には土日祝の8時から16時までを対象に考えています。一回課金個所を通過するたびに1000円、地元の車両や福祉車両、地元のタクシーや宅配業者は除外です。基本的にはETCで管理したいのですが、普及率が7割程度なので、残りはナンバーをチェックして課金する仕組みです。
- 村山祥栄
- どのあたりが難航しているのですか?
- 松尾崇
- 国ですね。地元の人を除く税金というのが、税の公平性を欠くと言われ、じゃあ通行料で徴収しようと言えば、有料道路以外の一般道路から通行料を取るのはだめだと言われ、なかなか難しいところです。
- 村山祥栄
- じゃあ、一律1000円徴収して、市民には1000円の補助を打てばいいんではないですか?
- 松尾崇
- テクニック論でいえばその通りですが、それでは事務手続きが煩雑になります。そうでなくても、ETCから自動的に課金できればいいのですがそういうわけにもいかず、思った以上に徴収コストが掛かってしまうので、頭を痛めています。
- 村山祥栄
- 当然ですが法的課題の解決が難題なんですね。何とかなりそうですか?
- 松尾崇
- 2020年までにと思って取り組んできましたが、来年までには難しい状況です。日本で実施されていないのはこうした課題があるからでしょう。何とか形にしたいですね。
- 村山祥栄
- ぜひ日本に新しい風を吹かせられるよう頑張ってください。もうひとつ、鎌倉の公共交通と言えば江ノ電ですが、こちらも大変混雑している聞いていますが。
- 松尾崇
- そうですね。観光客で平日でも遅延することがあります。駅構内から乗降客があふれてしまう。鎌倉駅から長谷駅が特に混むのです。そこで、市民は並ばずに乗れるようにしようということで江ノ電社会実験を実施しました。事前に市民に鎌倉駅などで在住証明書を発行し、今年のGWは証明書をお持ちの方は並ばずに改札に入れるようにしました。前年22~24分掛かるところ、11~14分で乗車できるという一定の効果がありました。意外なことに、観光客の反応も上々で、市民の優先搭乗は9割以上の観光客が理解できるというアンケート結果が出てきました。
- 村山祥栄
- これはいいですよね。観光公害負荷をできるだけ軽減する。他にも観光客NG、市内で働く人専用の食堂もありますね。お話を伺ってきましたが、結局、鎌倉駅周辺は観光客が多く、ランチも値段が高く混雑している。その為、地元の労働者がスムーズに廉価で食事ができないということで、複数の協力企業の手によって作られたそうですね。
- 松尾崇
- まちの食堂ですね。面白法人カヤックという鎌倉に拠点を置くITベンチャーが手掛けてくれています。大変ありがたい試みです。
- 村山祥栄
- あとマナー向上条例なんてものもありますね。
- 松尾崇
- そうですね。元々鎌倉では観光客の移動にハイキングコースを利用される方がおります。そこにブームもあってトレイルランのランナーが流入してきました。そこでトレイルランを禁止してほしいという陳情が議会に出てきたのがきっかけで、マナー条例ができたのですが、問題になっている食べ歩きや江ノ電の踏切などでのマナー啓発なども加えて条例を制定しました。
- 村山祥栄
- やっぱりオーバーツーリズム対策は進んでいますね。地元住民に寄り添った施策の大切さを今更ながら痛感しています。大変参考になります。さて、最後に役所内改革についても少し触れておきたいと思います。なんせ日本一高い給与の削減を思い切ってやった自治体ですからね。
- 松尾崇
- 日本一高い給与(笑)。元々、鎌倉市は革新が強い地域で、市長も保守と革新が交代で就任するような自治体なんです。かつて退職金を大幅に増額した市長がおりまして、その後それを引き下げましたが、給料表が他自治体と比べるといびつで、50歳代の給与が高いという特徴がありました。
- 村山祥栄
- 一律カットをしたのですか?
- 松尾崇
- 一律カットはしていません。それよりも給与表そのものを見直しました。京都もそうだと思いますが、平職員の給与が異常に高かったり、職級の下位のものが上位の者より給与が高かったり、こうしたものをすべて見直しました。中には年収で200万円以上下がる者もおりました。
- 村山祥栄
- 抵抗はすごかったのでは?
- 松尾崇
- そうですね。そこで6年間の移行措置を講じたのですが、今度は議会から「生ぬるい。移行措置など要らない。」と言われ、結局そのまま遂行することになりました。
- 村山祥栄
- そして、さらに職員の仕事を見直しされたとか?
- 松尾崇
- 職員力向上プロジェクトというのですが、一人ひとりの仕事の内容を富士通総研さんにご協力いただいて分析をしていったのです。その中で、ムダな業務などを洗い出し、要らない仕事を整理していったわけです。
- 村山祥栄
- 民間企業ではよくされている手法ですよね。整理したものはどうなったんですか。
- 松尾崇
- テクノロジーで解決できるもはテクノロジーへ移行しています。例えば、苦情の電話なんかもチャットポット(LINEのようにスマホで入力してやり取りができる仕組み)に置き換えていこうとか、市役所の手続きって煩雑じゃないですか。何が必要なのかよくわからない。窓口に足を運んでも「あれが足りない、これが足りない」と言われ、また足を運び直さねばならない、なんていう苦情も多いですよね。そこで、手続きに必要なものをスマホで「はい、いいえ」の質問を入力すれば必要なものが誰でも分かるようにしました。
- 村山祥栄
- 具体的でわかりやすくていいですね。やっぱり柔軟な発想で、どんどん改革していかないとダメなんですね。そうこうしているうちに時間がやって参りました。今日は非常に参考になることが沢山ありました。本当にありがとうございました。
- 松尾崇
- ありがとうございました。